小学生にもわかる『都道府県』


⭐︎都道府県とは?

「都道府県」は、日本(にっぽん)という国をいくつかのちいきに分けたときの名前のことです。

日本には全部で 47(よんじゅうなな) の都道府県があります!


🗾 どんな種類があるの?

都道府県は、4つのグループに分かれています:

種類名前例(れい)
都(と)東京都(とうきょうと)東京タワーがあるところ
道(どう)北海道(ほっかいどう)雪がいっぱいふる、広い場所
府(ふ)大阪府(おおさかふ)・京都府(きょうとふ)にぎやかなまちや、れきしのあるまち
県(けん)その他の43の県(けん)神奈川県、愛知県、福岡県など

🗺️ どうして分かれているの?

都道府県に分かれているのは、くらしを便利(べんり)にするためです。

たとえば、

  • ゴミのしゅうしゅうの日(いつゴミを出すか)
  • 学校や病院の場所(どこにつくるか)
  • おまつりや行事(ぎょうじ)

などを、それぞれの都道府県が決めています。
つまり、都道府県ごとにルールややり方がちがうこともあるのです。


🧠 おぼえ方のコツは?

47の都道府県をおぼえるのは、ちょっとたいへんですが、こんなふうにすると楽しいです!

  • 地図パズルをやってみる
  • ご当地(ごとうち)キャラを見てみる(たとえば、くまモン=熊本県)
  • 旅行した場所の名前をひろってみる


⭐︎いつできた?

🏯 昔は「国(くに)」だった!

むかしむかし、日本は「都道府県」という名前ではなく、**「国(くに)」**とよばれるちいさな地域(ちいき)に分かれていました。たとえば、「越後(えちご)の国」や「薩摩(さつま)の国」などです。


🧱 都道府県ができたのはいつ?

都道府県」という形ができたのは、**明治時代(めいじじだい)**です!

  • 年号でいうと:明治11年(1878年)ごろ
  • 今からおよそ 150年くらい前 のことです。

🛠️ どうしてつくられたの?

明治時代に、日本は「強くて べんりな国」にするために、いろいろなことを新しくしました。そのひとつが、国のしくみをととのえることでした。

そこで、いままでバラバラだった地域をまとめて、都道府県という新しいくくりをつくったのです!


✨ まとめると

ポイント内容
できた時期明治時代(1870年代ごろ)
できた理由日本を一つの国としてまとめるため
最初は?今よりもたくさんあって、すこしずつ減っていきました(むかしは300くらい!)
今は?ぜんぶで 47 都道府県です

もっと昔の地図を見たり、どんなふうに変わってきたかを調べたりすると、とってもおもしろいです!

⭐︎境界はどうやって決めた?

🏯 ① 昔の「国(くに)」がもとになった

日本には、明治時代よりずっと昔から「○○の国(くに)」という地域がありました。

たとえば:

  • 石川県は → 昔の「加賀(かが)の国」や「能登(のとの)国」
  • 鹿児島県は → 昔の「薩摩(さつま)の国」

このように、昔の国のきりわけや、なわばりが、いまの都道府県の形のもとになっていることが多いです。


⛰️ ② 山や川などの自然(しぜん)が目じるしになった

昔の人たちは、山や川を「ここからこっちが○○、あっちは××」とわけるしるしにしていました。

たとえば:

  • 山をこえた向こうは、ちがう地域
  • 大きな川の向こう側は、別の国

いまの都道府県の境界も、山や川の自然の線をつかっているところがたくさんあります。


🧱 ③ 明治時代に政府(せいふ)が整理(せいり)した

明治時代のはじめ、日本にはなんと300以上の「県」がありました!
それでは多すぎるので、政府がそれをまとめて、整えて、47にした
のです。

そのとき、次のことを考えて境界を決めました:

  • 人が住んでいる場所の数(人の多さ)
  • 行き来のしやすさ(道路や交通)
  • 歴史や文化のちがい

🧭 まとめ:境界はこうして決まった!

もとになったものくわしい説明
昔の国の形江戸時代より前からあった「○○の国」をもとに
山や川自然のわかりやすい目じるし
明治時代の整理使いやすいように数をへらして、今の47にまとめた


⭐︎県名は誰が決めた?

🧑‍⚖️ ① 決めたのは、明治時代の政府(せいふ)

県の名前を決めたのは、明治時代の日本の政府です。

明治時代になると、日本は新しい国づくりを始めました。そこで、

「たくさんある国や地域を、まとめて名前をつけて、わかりやすくしよう!」

ということで、政府の人たち(おもに政治家や役人)が話し合って決めたのです。


🏯 ② 名前のもとになったのは…?

多くの県の名前は、次のようなものからえらばれました:

名前のもと例(れい)
昔の国の名前例:熊本県 → 昔の「肥後(ひご)の国」の中心、熊本の町から
大きな町や城の名前例:岡山県 → 岡山城のある町から
地名や地形例:山口県 → 山の入り口にある「山口」という場所から

つまり、その地域で昔から知られていた場所の名前を使ったことが多いんです。


🧭 ③ 「県」にする名前のつけ方のルール

名前をつけるとき、明治政府は次のようなルールも大事にしました:

  • ほかの県とまちがえない名前にする
  • その場所の**中心(ちゅうしん)**をあらわす名前にする
  • むかしから人々になじみのある名前にする

たとえば、「福岡県」は、福岡という町が中心だったからその名前になりました。


❓じゃあ、「東京都」や「北海道」は?

いいところに気がつきました!

  • 東京都(とうきょうと):昔は「東京府(とうきょうふ)」だったけど、**特別な役わりのある首都(しゅと)**なので「都(と)」に。
  • 北海道(ほっかいどう):もともとは「蝦夷地(えぞち)」という名前だったけど、新しい土地として、特別に名づけられた名前です。

「北海道」という名前は、学者(がくしゃ)の松浦武四郎(まつうら たけしろう)さんが案を出して、それを政府が決めました✨


🌟 まとめ:県名は誰がどうやって決めた?

ポイント内容
誰が決めた?明治時代の日本政府(政治家や役人)
どうやって?昔の国の名前や町の名前をもとにして
例外は?東京都、北海道は特別な理由で名づけられた


⭐︎47都道府県ができてから県の形は変わっていない?

🧭 結論(けつろん)から言うと…

🌟 今の47都道府県が決まったのは、だいたい明治時代の終わりごろ。でも、それまでに何回か形が変わったことがあるんです!
そして、それ以後(いこう)は ほとんど変わっていません


🕰️ 昔はもっとたくさんあった!

  • 明治時代のはじめ(1870年代)、日本には**300以上の県(けん)**がありました。
  • それをだんだんと合(あ)わせたり、分けたりして、最終的に47にまとめられました。

たとえば:

  • **品川県(しながわけん)**や 入間県(いるまけん) という名前の県もあったけど、いまはありません。

🛠️ 合わせたり、分けたりした例

出来事
明治9年(1876年)「名東県(めいとうけん)」が消えて、徳島県と合体しました
明治14年(1881年)「鳥取県」が一度なくなって「島根県」と合体していたけど、また分けて今の形に戻りました
明治19年(1886年)北海道が「県」ではなく、「道(どう)」として正式に決まりました

🌆 昭和以降(しょうわいこう)は、ほとんど変わっていない!

  • 明治時代の終わり(だいたい1890年ごろ)には、今の47都道府県の形がほぼ完成しました。
  • それからは、県の名前や境界(さかい)は、ほとんど変わっていません。

🟡 ただし、「市町村(しちょうそん)」のほうはよく変わっています。 → たとえば、となりの町と合体して「○○市」になる、などです。


✨ まとめ:県の形は変わってきたの?

質問答え
47都道府県になる前は?300以上の県があった
どうして変わったの?わかりやすく、便利にするために整理した
今の形になったのは?明治時代の終わりごろ(約140年前)
今は?ほとんど変わっていない(とても安定している)


⭐︎47都道府県となった時から地方自治が始まった?

🏛️ 地方自治(ちほうじち)ってなに?

まず、「地方自治(ちほうじち)」とは何かを説明します。

🌟 地方自治とは、都道府県や市町村が、自分たちでルールを決めて、住んでいる人のくらしをよくしていくしくみのことです。

たとえば:

  • ゴミを出す曜日
  • 学校のしくみ
  • 公園を作るかどうか

こういったことを、国(くに)ではなく、県や市町村が自分たちで決めるのが「地方自治」です。


🗾 47都道府県ができたとき(明治時代)はどうだったの?

じつは…

❌ 47都道府県ができたときには、地方自治はまだ本格的に始まっていませんでした!

明治時代の日本は、国の政府がすべてを決める「中央集権(ちゅうおうしゅうけん)」のやり方だったのです。

つまり、県も市町村も、国の言うことにしたがっていた時代でした。


📜 地方自治が本格的に始まったのはいつ?

✅ 本格的に「地方自治」が始まったのは、第二次世界大戦(だいにじせかいたいせん)のあとです!

年号で言うと:

  • 昭和22年(1947年)
  • 「日本国憲法(にほんこくけんぽう)」ができた年です

この憲法の中に、次のようなルールが書かれました:

🌟「地方自治の本旨(ほんし)」
→ 地方は、自分たちで決める力をもちましょう!

このときから、都道府県や市町村に知事(ちじ)や市長(しちょう)を自分たちでえらぶ選挙(せんきょ)も始まりました。


✨ まとめ

質問答え
47都道府県ができたときに、地方自治も始まった?❌ いいえ、最初は国がすべて決めていた
地方自治が本格的に始まったのは?✅ 昭和22年(1947年)、日本国憲法でスタート
どんなことが変わった?知事や市長を自分たちで選び、地域のことを自分たちで決められるようになった

地方自治があるからこそ、わたしたちの町や県がもっと自分たちらしく、住みやすくなるんです😊

⭐︎今後どうなる?

🔮 これからの都道府県と地方自治は、どうなるの?

未来には、**いくつかの変化(へんか)**がおこるかもしれません。


🏙️ ① 「道州制(どうしゅうせい)」が始まるかも?

いまは47の都道府県がありますが、

「それをもっと大きなまとまりにして、10くらいの“州(しゅう)”にまとめよう!」という考え方もあります。

これを「道州制(どうしゅうせい)」といいます。

どうしてそうするの?

  • 人口(じんこう)がへってきて、小さな県だけでは大変になるから
  • お金やサービスをもっとむだなく使えるようにするため

ただし、まだ決まっていません。「やる? やらない?」と、いろんな人が話し合いをしています。


👩‍⚖️ ② もっと地方の力が強くなるかも!

いままでは、国(東京)で決めたことにしたがうことが多かったですが、これからは…

🌟「地方のことは、地方で決めよう!」という動きがもっと広がりそうです。

たとえば:

  • 地元の学校のやり方を、自分たちで考える
  • 災害のときのルールを、その地域に合わせてつくる
  • 外国の観光客(かんこうきゃく)をどう受け入れるかも、地域で考える

🧓 ③ 高齢化(こうれいか)と人口減少(じんこうげんしょう)

未来の日本では、お年寄りがふえて、若い人がへっていくと言われています。

そのため、都道府県や市町村がやらなくてはいけないことも変わっていきます。

  • 病院や介護(かいご)のしくみをととのえる
  • 子どもや若い人をふやすために、くらしやすいまちをつくる
  • 空き家(あきや)や使われなくなった施設をどうするか考える

🌐 ④ ITやAIをつかって、もっと便利に!

未来の地方自治では、インターネットやAIがもっと使われるようになります。

  • スマホで手続きができる
  • ゴミの回収が自動化される
  • 地震や台風のときに、AIがすぐに安全な場所を教えてくれる

みんなが住みやすいまちをつくるために、**テクノロジー(科学技術)**がどんどん使われていくでしょう。


🌟 まとめ:これからの地方自治と都道府県

未来のポイントどうなるかも?
道州制都道府県が合体して、大きな「州」になるかもしれない
地方の自立それぞれの地域が、自分たちで考えて動く力が強くなる
少子高齢化高齢者や子育てへのサポートがもっと大事に
ITとAI科学技術でくらしがもっと便利に、安全に

未来のまちや県をつくっていくのは、これからの子どもたちや若い人たちです!
「ぼく・わたしなら、こんなまちにしたいな!」という気もちが、とても大切です😊

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